にじとたいよう

にじさんとワタシと

2017-01-01から1ヶ月間の記事一覧

いっしょに歌おう

3人で歌ってからしばらくたった経った、ある日。 年も明けて、2017年になっていた。にじさんから連絡があった。 「辞めるまでに、3人で曲を仕上げて、録音しない?」 奇しくも、先日いっしょに歌った3人は時期は違うものの、近々グループをやめる予定にし…

いっしょに歌う、心地よさ

ふたりが辞めると決心してから、の、ある日の練習で。 ひとりずつのスキルアップをテーマに、各パートひとりずつが出て歌うことになった。 歌ったのは、そのとき練習していた洋楽だった。 みんなでいくら練習しても、うまく合わない。。 組み合わせは、にじ…

辞める。また。

歌うことが好きなのに、歌ってても楽しくない。 致命的だった。 仕事じゃない以上、これ以上続けられない。 「ワタシも辞めるわー。」とにじさんに伝えた。「自分がリーダーを辞めるより、たいようさんが先に辞めたら、だめ。」 それを条件にして、ワタシが…

辞める。。って

2016年秋、だった。「リーダーやめようと思ってる。」にじさんが言った。 何となく予想はついていた。 「歌ってて楽しくない」 は、ワタシも感じていたし、にじさんがもう自分のコントロールできないところにまで、グループの雰囲気が変わってしまったからだ…

同じように

私が復帰したもののほぼ2回に1回の参加。 リーダーをしていたにじさんも、ここのところ仕事が忙しく、たまにしか来ない。ふたりが練習で会うのも月に2回ほどだった。 何のときか忘れてしまったけど、私が感じてい 「違和感」についてにじさんに話した。 …

不器用で

こうやって、復帰したけど。 元々ものごとを両立するのが苦手なワタシ。 仕事のように練習に明け暮れる日々の生活と、家庭をうまく両立できずに、結果、前回はやめてしまった。 自分の思うように生活のバランスをとれなくなってしまったから。 今回も同じこ…

にじさん

にじさんが、誘ってくれたから。 ただそれだけで、ワタシは復帰を決めた。冗談でも、ワタシをすきって言ってくれるにじさんが、誘ってくれたから。 小さい頃から、自分に自信がなかった。 自分が求めてるものになれないとわかると、すぐに投げ出してしまう。…

そして、復帰

母が亡くなって、それから1ヶ月ほど大変な量の手続きに追われた。悲しんでるひまもないほどに。そうやっていつの間にか心も癒えていくんだろう。 やれることは、やった。から。 今度はしばらく自分のために。 そして5月。 ワタシはにじさんのいるグループ…

もうすぐ

もうすぐ4月、復帰という頃。この年は少し早めに桜が咲いてたように思う。 「天気も良いし施設の外に散歩に行く?」と尋ねても、母は機嫌が悪いのか、首を縦には振らなかった。 なぜこの時、無理にでも外へ連れて行かなかったのか? それだけが、悔やまれる…

再び、仲間として

母が倒れて1年以上が過ぎていた。 ワタシの生活もいくぶんか、落ち着いていた。 2016年2月。 にじさんから、LINEが来た。 「3月から、戻ってこない?」 にじさんは、ワタシが在籍していたグループのリーダーを続けていた。 これまでも「いつ戻ってくるの?…

時の流れとともに。

特別養護老人ホームに移った母は、穏やかに過ごしていた。 もう、厳しいリハビリも無くなった。 日々を淡々とすごす。 時の流れと、ともに。季節ごとの催しを楽しんだり、好きな宝塚歌劇をDVDで見たりする日々。 部屋も個室になり、穏やかに過ごしていた。 …

終の棲み家

連絡があった施設は、今の施設の隣に建っていた。老健の期限が来る前に次の施設を考えておかねば、自宅に一旦戻ることになる。 そうなるとワタシも介護できる状態にないので、たちまちその日から困ってしまうことになる。 それも見越して、何軒か見学に行き…

おちついて

母が老人保健施設に入ってからは、ワタシの自宅から近くになったこともあり、ワタシもだんだん今までの普段の生活に戻りつつあった。 これまでは往復1時間電車に乗り、隣の県のリハビリ病院に着替えを持って顔を見に通っていた。 それを思うと、バイクで10…

ただ、ただ

ただ、ただ、日々をこなしていた。そうして母の半年のリハビリ入院が終わった。 とても良い病院で、やる気のない母にも根気よくリハビリをしてくれた。 次は自宅での介護生活か、施設に入るかの選択肢になった。母は人の支えがあってやっと、やっと、立てる…

また、誰かに

母が倒れた。 2015年の年末のことだった。 脳出血だった。 右脳に出血があり、左半身に少し麻痺が出ていた。 左手は少し握れる程度。 足の方が麻痺が強いようだった。 幸い手術するほどではなくて2週間ほどの入院で自宅に戻れるのではないかという見通しだ…

普通の生活

2014年秋にグループを辞めて、私は外で働くことにした。自宅で仕事をすることはあっても、外に働きに出るのは久しぶり。慣れないながらも、知らない仕事や、はじめましての人に会う刺激も楽しんでいた。今までにやったことがないものをするのは、すき。 人見…

離れよう

再び辞めることについて話しても、 にじさんはもう止めなかった。2回目は、無いってことだろう。 毎年恒例のライブが終わる秋にワタシは辞めることになった。 仕事をしたい。 という理由。 だけど、理由なんてうまくつじつまが合えば、なんでもよかった。 …

別の道へ

今、やりたいことは? なんだろうって考えたときなぜか、 「歌」じゃなかった。 うまく歌えないことに、行き詰まっていたのかも。 歌いたくない歌を歌うことや、おそろいの衣装に、辟易していたのかも。 父がなくなって少し落ち着いた頃、だった。 母も元気…

変わっていく

歌うこと。 好き。 なんだけど… 思ったように歌えなかったり、うまく合わせられなかったり。そんな自分がいやになったり。 できないことをひとのせいにしたり。 そんな時期だった。 家庭の環境も、その時その時で変わっていく。2013年春 からだが思うように…

新たな道で

ワタシたちは、新しく先生を迎えて、自分たちでグループを活動していくことになった。 色々なことを決める。 先生は誰がいい? 歌うジャンルは? どこで歌う? 団体の後ろ楯が無い分、自分たちでいっぱいいっぱい決めなきゃならない。 大変だけど、反面、自…

仲間として④

それまでの、にじさんとワタシの関係は、「歌う仲間」として、リーダーとぺーぺーって感じだった。 話はするけど、歌のこと。 パートも違うからプライベートな話もしない。 飲み会で少し話す程度。 でも、なぜだか「たいようさんがすきー」といつもいつも言…

仲間として③

みんなと歌うことが、日々の潤滑剤となり、ワタシは楽しく過ごしていた。 はずだった。。 凝り性でもあるが、飽き性でもあるワタシ。 2年ほどたつと、他のこともしたくなる。 PCや簿記の学校に通ってしばらくお休みしたりして。自分の中で、ある一定のレベ…

にじとたいよう

にじさんと初めて会ったのは、2009年 。 最初の印象は。。。あまり覚えてない。 たまたまワークショップでいっしょになっただけ。英語の歌をカッコ良く歌おうワークショップ。 にじさん、高い方、ワタシ、たいようは低い方のパート。 パートごとの練習が主だ…