2017-01-01から1年間の記事一覧
右胸は全摘、左胸は温存という乳がん摘出手術が終わり手術の傷も癒えてきた頃。 2017年の8月 温存した左胸への放射線治療が始まりました。 右胸は乳腺を全部摘出してしまったから必要ないけど、左胸には乳腺が残っている。 乳がんは胸の病巣から「がんの種」…
手術で胸の皮膚の下に入れた袋(エキスパンダー)に、2週間ごとに食塩水をいれてもらう。少しずつ、入れて、再建に向けて、皮膚を伸ばす。 伸ばすためには、その日我慢できる限界量の生理食塩水を入れる。 ってことは皮膚がパンパンに張っている。なんとも、痛…
先生の説明によると、手術は予定通り終了。 リンパ節に見える限り転移はなかったそうだ。 確定診断は、病理診断の結果で。 2週間ほどかかるそうだ。 またどきどきの日々。 手術が終わってからが、結構大変だった。 まず、何より、背中が痛かった。 胸の傷よ…
手術の日が来た。 その日のことは、今はだいぶ忘れてたり、する。。 大人になって、病気らしい病気はしなかったので、逆に、ことの重大さがわかっていなかったからか、母の入院なんかで、だいたいの勝手はわかっていたので、直前の緊張感はなかった。 じぶん…
手術前日に入院。 朝、登校するこどもの後ろ姿を見送って、 「もしかして、こうやって見送るのも最後なのかも...」とよぎった。 全身麻酔の手術で、もしかして、もしかしてなにかがあって、もう帰ってこられないかもしれない。 そんな気持ちを打ち消すように…
再建の方法、迷いに迷いに、迷って。 シリコンパックを入れるか。 自家組織での再建をするか? 今のメジャーはシリコン。 食塩水を入れた、エキスパンダーの代わりにシリコンパックを入れ替えるだけ。 日帰り手術も可能な、簡単な手術。 からだの負担も少な…
ワタシの乳がんの手術の内容はいろんな検査を経て、 左側部分切除と…右側全部切除。 がベースとなった。 その手術に加え、乳腺外科の医師から聞かれたのは、 「右側、再建しますか?」 全摘、となると、再建しない場合… 胸の筋肉と皮膚のみ残して摘出するの…
「せつないね」 すきになった人が、共に生きることが叶わぬ相手であるような気がして。 この楽しい関係が、長くは続かない気がして。 不安定なものの上に、成り立ってるような気がして。 口では、「だいじょうぶ。だいじょうぶ。口に出せば、願いは叶うよ」…
手術日が決まった。5月の半ば。 それまで、2ヶ月ほど、あった。その先のことは、手術して、病理結果が出るまで、わからない。 今は、今までとおなじ生活を送ってる。 検査のための、針の傷が、胸に少し残ってるだけ。 ごはんも普通どおり。 お酒も飲める。…
時間はどんどん進んでいく。 治療について決めないといけないことも、たくさん。 でも、未来はちっとも見えなくて。 しんじゃうかもってどこかで思ってるから。 それに心が追いつかなくて。 周りのともだちは普段通りの生活をしてどんどん日々をこなして、未…
にじさんに告白(疑)をしてからも、にじさんとのLINEは続いていた。 おともだち、として。 ちょうど、流行ってたドラマで「予告ハグ」の話があってそれをするとか、しないとかの話を何度もした。 昔からだけど、普段、ワタシは人にベタベタくっつかない。 甘…
病気が確定して、手術をすることになったけど、 それからが大変だった。 家族だけが話を聞いて事実を隠す....といった昔とは違い、医師が本人であるワタシに詳しく説明をしてくれ、治療についてはワタシが最終的に選択しなくてはならない。 もちろん治療しな…
にじさんに病気のことを伝えるとき、ちょっとした行き違いが、あった。 ワタシが突然、話があるから時間を取ってほしいと言ったので、告白される。と思ったらしい。 あとからきいてびっくり。ワタシが。 でも、そのおかげで、今のふたりの関係があるといって…
腫瘍が悪性だとわかって、少しほっとしたのを覚えている。 たくさん考えて、考えて、考えて、漠然と不安に、恐怖に思った日々に区切りがついたから。 あとは、治療の方法を具体的に考えるだけ。 考えて、決めていくことができる。 がんの症状は 、ほんとに人…
組織診の結果を待つ間にも、にじさんたちとの歌の練習は続いてた。 この時間があったからこそ、ワタシは自分をかろうじて、保つことができてた。 おかげで、完全におかしくならずに、過ごせていた。好きな歌を、好きな人といっしょに歌う。 アホな話をして、…
以前に友達が良いらしい、と言っていたクリニックに予約をした。 データを持って行くと、すぐに右胸のエコー検査と、細胞診。注射針を何度か刺して、気になる部分の細胞が良性か悪性かを、調べる。 今日はそれで終わり。 結果は1週間後。 それからがつらか…
年の始めに、恒例の人間ドック。正月太りも落ち着かないまま、受ける。 いつもの生活をして、どの程度健康なのか知りたいので、検査前だからって、食事制限もなにもしない(^^;半日ドックに子宮頸がん、乳がん検診(マンモグラフィー)を追加して、受診。 1月の…
3人で歌ってからしばらくたった経った、ある日。 年も明けて、2017年になっていた。にじさんから連絡があった。 「辞めるまでに、3人で曲を仕上げて、録音しない?」 奇しくも、先日いっしょに歌った3人は時期は違うものの、近々グループをやめる予定にし…
ふたりが辞めると決心してから、の、ある日の練習で。 ひとりずつのスキルアップをテーマに、各パートひとりずつが出て歌うことになった。 歌ったのは、そのとき練習していた洋楽だった。 みんなでいくら練習しても、うまく合わない。。 組み合わせは、にじ…
歌うことが好きなのに、歌ってても楽しくない。 致命的だった。 仕事じゃない以上、これ以上続けられない。 「ワタシも辞めるわー。」とにじさんに伝えた。「自分がリーダーを辞めるより、たいようさんが先に辞めたら、だめ。」 それを条件にして、ワタシが…
2016年秋、だった。「リーダーやめようと思ってる。」にじさんが言った。 何となく予想はついていた。 「歌ってて楽しくない」 は、ワタシも感じていたし、にじさんがもう自分のコントロールできないところにまで、グループの雰囲気が変わってしまったからだ…
私が復帰したもののほぼ2回に1回の参加。 リーダーをしていたにじさんも、ここのところ仕事が忙しく、たまにしか来ない。ふたりが練習で会うのも月に2回ほどだった。 何のときか忘れてしまったけど、私が感じてい 「違和感」についてにじさんに話した。 …
こうやって、復帰したけど。 元々ものごとを両立するのが苦手なワタシ。 仕事のように練習に明け暮れる日々の生活と、家庭をうまく両立できずに、結果、前回はやめてしまった。 自分の思うように生活のバランスをとれなくなってしまったから。 今回も同じこ…
にじさんが、誘ってくれたから。 ただそれだけで、ワタシは復帰を決めた。冗談でも、ワタシをすきって言ってくれるにじさんが、誘ってくれたから。 小さい頃から、自分に自信がなかった。 自分が求めてるものになれないとわかると、すぐに投げ出してしまう。…
母が亡くなって、それから1ヶ月ほど大変な量の手続きに追われた。悲しんでるひまもないほどに。そうやっていつの間にか心も癒えていくんだろう。 やれることは、やった。から。 今度はしばらく自分のために。 そして5月。 ワタシはにじさんのいるグループ…
もうすぐ4月、復帰という頃。この年は少し早めに桜が咲いてたように思う。 「天気も良いし施設の外に散歩に行く?」と尋ねても、母は機嫌が悪いのか、首を縦には振らなかった。 なぜこの時、無理にでも外へ連れて行かなかったのか? それだけが、悔やまれる…
母が倒れて1年以上が過ぎていた。 ワタシの生活もいくぶんか、落ち着いていた。 2016年2月。 にじさんから、LINEが来た。 「3月から、戻ってこない?」 にじさんは、ワタシが在籍していたグループのリーダーを続けていた。 これまでも「いつ戻ってくるの?…
特別養護老人ホームに移った母は、穏やかに過ごしていた。 もう、厳しいリハビリも無くなった。 日々を淡々とすごす。 時の流れと、ともに。季節ごとの催しを楽しんだり、好きな宝塚歌劇をDVDで見たりする日々。 部屋も個室になり、穏やかに過ごしていた。 …
連絡があった施設は、今の施設の隣に建っていた。老健の期限が来る前に次の施設を考えておかねば、自宅に一旦戻ることになる。 そうなるとワタシも介護できる状態にないので、たちまちその日から困ってしまうことになる。 それも見越して、何軒か見学に行き…
母が老人保健施設に入ってからは、ワタシの自宅から近くになったこともあり、ワタシもだんだん今までの普段の生活に戻りつつあった。 これまでは往復1時間電車に乗り、隣の県のリハビリ病院に着替えを持って顔を見に通っていた。 それを思うと、バイクで10…